イメージ写真;日本発の最先端技術が 世界の医薬品開発の明日をひらく

日本発の最先端技術が世界の医薬品開発の明日をひらく

ベーリンガーインゲルハイムでは、臨床開発前の医薬品の安全性を担保するために、さまざまな最先端技術を取り入れています。なかでも、体内のタンパク質のデータを解析する技術「プロテオミクス」は、世界の製薬業界で需要が高まっています。当社のグローバルにおける戦略的研究拠点の一つ「神戸医薬研究所」が、業界で先駆けて導入したプロテオミクスは、ここ数年で医薬品開発に不可欠な技術へと成長し、日本だけでなく、世界の医薬品開発にも生かされています。
神戸医薬研究所でプロテオミクス技術の導入と確立に奮闘し、現在もプロジェクトを主導する松井明子さんに、これまでの道のりやプロジェクトにかける思いなどを聞きました。

神戸医薬研究所
プロテオミクス・データサイエンスグループ
マネージャー
松井明子さん

医薬品の安全性リスクを
詳細に評価することができる画期的な技術を確立

私が取り組んでいるプロテオミクスは、体内に発現するすべてのタンパク質の種類や量、構造、機能などのデータを収集し、解析する最先端技術です。

遺伝子を設計図として作られるタンパク質は、生命活動や病気の発症に深く関わっており、多くの医薬品は病気の原因となるタンパク質を標的として結びつくことで効果を発揮します。当社では、私たちが確立したプロテオミクスの技術を用い、医薬品を投与することで生じる測定可能なすべてのタンパク質のデータを収集・解析し、臨床開発を行う前の医薬品の安全性について評価しています。

この技術の画期的な点は、質量分析装置を使った非常に高感度な分析方法であるということです。質量分析装置は「50mプールに溶かしたスプーン1杯の砂糖を検出できる」と例えられるほどの機器で、超微量な細胞サンプルから一度に8000〜9000個ものタンパク質を測定することができます。これにより、臓器に起きる変化を血液中のバイオマーカーや、体の組織片の顕微鏡観察等で捉えられるようになる前から、タンパク質解析により医薬品の安全性を予測し、複数の薬の候補物質から、より副作用が少なく、安全性が高いものを選ぶことができるようになりました。また、リスクを評価して用量の決定に役立てたりすることも可能です。

 

「使い道がない」で終わらせたくない
プロテオミクスの可能性を信じて、利活用を懸命に模索

写真:インタビューの様子1

日本のアカデミアには、世界をリードするプロテオミクスの研究者がいらっしゃいます。当社では、その高い技術力と将来性にいち早く着目し、2007年から神戸医薬研究所とアカデミアとの共同研究として、質量分析装置を用いたプロテオミクス技術の研究がスタートしました。

私は2013年に本プロジェクトの一員になりました。当時は、医薬品の薬物動態(薬が体内でどのように吸収・分布・代謝・排泄されるか)に関わる40個ほどのタンパク質を正確に測定する技術でしたが、医薬品の開発にどう活用していくのかという方向性が、社内ではっきりとは決まっていなかったのです。

「すばらしい技術があっても、使い道が見いだせないと宝の持ち腐れになってしまう」と頭を悩ませる日々。しかし、技術の可能性を信じていた私は「必ず創薬開発に役立つ意義ある技術に発展させたい」と一念発起。アメリカとドイツの研究者たちにプロテオミクスの必要性や活用法を何度もヒアリングしたり、他部署へ積極的に働きかけるなど、懸命に使い道を模索しました。

 

さらに精度の高い技術へとプロジェクトを方針転換
思い切った決断で差し込んだ光

ターニングポイントとなったのは2018年でした。質量分析装置の進化により、一度に数千のタンパク質を解析することが可能になったのです。これまでのキャリアの中で、遺伝子の変化により生物の全体像をとらえる研究をした経験がある私は、「これまで薬物動態に絞って解析を行っていたけれど、この装置を使えば、タンパク質により体内で起こる広範囲な変化をとらえて、安全性や薬理学など他の分野でも貢献できる」と考え、プロジェクトの方針転換を決意。すべてのタンパク質を可能な限り検出して解析する網羅的プロテオミクス技術の確立に舵を切り、そのために必要な新たな質量分析装置も導入しました。

けれども、私たちには網羅的プロテオミクス技術に関するスキルが何一つありませんでした。そこで、世界一の技術を持つ日本のアカデミアとの共同研究を通して先生方からノウハウを教えて頂きました。一方で、学会や論文からも最先端の方法についての情報を集めました。プロテオミクス技術は複数のステップから構成されていますが、集めた情報をもとに、社内でステップを一つずつ検証する実験を繰り返し、独自に最適な方法を組み合わせ、安定して正確な解析ができるよう技術を高めていきました。また、一度に大量生成されるデータを統計的に解析し、意味を見出すために、インターンシップで来てくれていた有能なデータサイエンティストをチームに迎え入れ、プロジェクトを進展させました。

一方で、地道に行っていた他部署への働きかけも実を結び、「すばらしい技術だから、自分の部署での医薬品評価に使ってみよう」と申し出てくれる人、背中を押してくれる人が次々に現れ始めました。社内の大きな会議でプロテオミクス技術についてプレゼンテーションする機会にも恵まれ、その反響が良かったことも追い風となり、医薬品が目的の臓器や細胞で効果を発揮しているか確認するための試験や、代謝メカニズムを解明するための試験にも用いられるなど、他部署から利活用のアイデアや相談が寄せられるようになったのです。

当社では、より早く、より安全な医薬品を患者さんに届けるために、プロテオミクス技術を活用していますが、さらに創薬研究用の細胞の開発にも役立てられており、将来的に動物実験による医薬品の評価を細胞実験に置き換える道をも開きました。

 

副作用が少なく高い効果が得られる医薬品の開発に
今後もプロテオミクス技術を活用したい

ベーリンガーのグローバル創薬開発の中で、網羅的プロテオミクス技術を確立したのは私たちのチームが初めてとなりますが、今では、当社の医薬品の開発や安全性の評価になくてはならない技術として認められるまでになりました。それが私にとっては何よりの喜びで、紆余曲折あった道のりを支えてくださった方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。

私たちのもとには日々、世界中のベーリンガーインゲルハイムの研究拠点から、数多くのタンパク質の分析依頼が寄せられます。その要望に迅速に対応するため、来年はさらに高性能な最新の質量分析装置を導入し、より早く、より多くのタンパク質を正確に解析できるよう努めます。また、技術のスキルアップにも注力したいと考えています。

超高齢社会を迎えた日本では、年齢を重ねて病気になっても、医薬品で症状をコントロールしながら、病と共に自分らしく生きたいと願う人が増えています。こうした方々のために、少しでも副作用が少なく、より安全で、高い効果が得られる医薬品の開発に、プロテオミクスの技術で貢献していきたいと考えています。

写真:インタビューの様子2