2023年 ベーリンガーインゲルハイム 獣医学奨学プログラム体験レポート
「海外で学んで新たな世界を知り、
帰国して日本の獣医療の強みにも改めて気づき、自信が持てるようになった。
これが、私にとって一番大きなことでした」
「ベーリンガーインゲルハイム 獣医学奨学プログラム(以下「獣医学奨学プログラム」)」は、獣医学生に対して、主に北米の獣医大学への夏季約3カ月間の留学サポートを行うプログラムです。プログラムを通じて、獣医学生に、海外の獣医大学の研究室において、実践的なバイオメディカルの研究に触れて、獣医学サイエンスへの関心を深めていただくと同時に、将来の可能性や選択肢を広げてもらうことを目的としています。本プログラムは30年以上にわたり当社がグローバル規模で展開し、米国、カナダ、西インド諸島、フランス、オランダ及びドイツの40校以上の獣医大学が学生を送り出しています。
獣医学奨学プログラム詳細はこちら(英語):https://veterinaryscholars.boehringer-ingelheim.com/
2024年度以降、日本からも複数名の参加が開始されるのに先立ち、2023年度にパイロットとして1名の獣医大学生が本プログラムに参加しました。日本初の参加学生となった宮崎大学農学部獣医学科・重橋あかりさん(留学時4年生)に、プログラムを通じた体験や、そこから得られたことについてお話をうかがいました。
※日本での2024年度募集は終了いたしました。
海外の獣医大学へのインターンを模索するなか、獣医学奨学プログラムは“渡りに船”だった
重橋あかりさんは、高校生のころから海外で学びたいという思いを抱いていました。世界の多様な野生動物への興味に加え、大学では過去に宮崎で発生した口蹄疫の体験談を聞く機会が多く、家畜の獣医療がより充実している北米やヨーロッパなどの現場を見てみたいという気持ちが高じてきました。
重橋さん「大学に入ったら長期休みに短期の海外インターンに行こうと思っていたのですが、コロナ禍で叶わなくて。一度休学して、自分で調べて準備し応募して1週間でも1か月でも海外に行こう、と決めました。それで担任の関口敏先生にいろいろと相談していたところ、獣医学奨学プログラムを紹介していただいたんです。
自分で調べていく中では、留学のコースは語学留学が多く、獣医大学への留学をアシストしているところを見つけるのは難しくて。それに、『海外の獣医学部を見てみたい』という気持ちでインターンに行くにしても、それなりの資金も必要ですし、研究実績として残せるわけでもありません。もちろん、私自身も海外経験も研究経験もないのでハードルは相当高いと感じていました。サポートしてくれる家族も、うーん、と少し渋ってはいたんですね。
そんなとき、3か月間しっかりと一つの研究に取り組むことができて、資金の支援もいただけるという獣医学奨学プログラムのお話が私のところに届いたのは、本当にすばらしい偶然だったと思います。初めて海外に出ることについて家族も気がかりなことはたくさんあったと思うのですが、獣医学奨学プログラムのしっかりとしたサポート体制を知り、これなら間違いないと安心して送り出してくれました」
留学先は海外からの学生へのサポートが充実しているコロラド州立大学に決定
獣医学奨学プログラムへの参加が決まった後は、獣医学奨学プログラムをサポートしている多くの獣医大学のいずれを志望するかを自分で決めて、その大学へのエントリーへとステップが進みます。アメリカ、カナダの獣医大学が40校近くある中、エントリーしても海外留学生の受け入れがないなどの理由で受諾されないことも少なくありません。何校か受け入れ可能の回答があった大学の中から、重橋さんはコロラド州立大学への留学を決めました。
重橋さん「日本からの獣医学奨学プログラムへの参加は私が初めてで、経験者に聞くこともできず、書類審査やビザのことなどわからないこともたくさんありました。大変ではあったのですが、ベーリンガーインゲルハイムの担当の方や先生方にも相談してその都度クリアしていきました。行き先を検討する際にも、過去の海外参加者のフィードバックも充実していてリアルな情報を聞くことができ、ありがたかったですね。
コロラド州立大学は海外からの学生に対するサポート体制が充実していると事前に聞いていましたし、実際にいろいろな場面で、レスポンスよくサポートしてもらいました。渡航前から書類やビザの準備などについても、担当部門の方がすぐにメールを返してくださるんです。
研究テーマはバイソンの人工繁殖に決まりました。野生動物、しかも日本には生息していない動物を研究したいという希望をこちらから伝え、それならば、と先方から提案いただいたんです。人数が少なく落ち着いているラボだから海外からの留学生に向いているのでは、といった気遣いもしていただき、ここなら安心して希望の研究ができそうだと思いました。その先は、大動物の繁殖を専門とされる宮崎大学の大澤健司先生にもいろいろと相談しながら、準備を進めていきました」
最初の2週間のレクチャーで研究の基礎を学び、サポートを受けつつ自分で研究を進めた3か月
留学先大学決定後3か月ほどかけて準備を進め、2023年5月から3か月間、留学プログラムがスタートしました。重橋さんが赴いたコロラド州立大学では、日本から重橋さん、そしてオランダから来た1名が海外からの留学生で、ほかはアメリカ、カナダなど北米地域からの学生でした。最初の2週間ほどは留学や研究のためのレクチャーが充実しており、重橋さんにとってはとても助かったといいます。
重橋さん「私は海外で学ぶ準備のために休学し、まだ3年生のカリキュラムまでしか終えていませんでした。私はパイロットとして参加できましたが、本来なら獣医学奨学プログラムは専門課程を経験している学生(日本では主に4年生以上)が対象です。実験や研究に本格的に携わった経験がないので、ついていけるだろうかと渡航前は不安でした。
行ってみると、最初の2週間、週2、3回オリエンテーションの時間が設けられていました。そこでラボの実験器具の使い方から教えていただき、研究テーマの決め方や進め方についてもアドバイスをいただけたんです。もちろん、初めての研究はそれでもとても大変でしたが、最初にていねいなレクチャーがあったことで、自分でもなんとかやれそうだな、と前向きな気持ちを保つことができました。
ほかの留学生とも、別々のラボに配属されれば知り合うことはできないですが、最初のオリエンテーションで仲良くなれました。留学期間を通じて情報交換など交流ができたのは心強かったです」
最初の2週間を通じて研究テーマをおおよそ「牛(バイソン)の体外産生胚の凍結保存における改善法」に定め、その後はいよいよ実際に研究目的に沿って実験作業をスタートします。5〜6週間にわたって黙々と作業を行い、ある程度研究結果が見えてきたところで、最後の3週間でシンポジウムの発表に向けてまとめ作業に入っていきました。
重橋さん「バイソンの人工胚の凍結保存方法は何パターンかあるのですが、私が行った実験期間では、大きな違いは現れませんでした。でも、自分としては思っていたよりずっと踏み込んだ研究ができて、貴重な体験だったと思います。研究者というのは、こういう地道な研究を何年にもわたって取り組んでいて、その先に成果があるのだなと身をもって知ることができました」
プログラムを通じて、とても精力的にポジティブに活動してきた重橋さんですが、苦労した点はと訊ねると、語学面を挙げました。もともと海外に出たいという希望をもって英語も勉強してきて、事前のオンラインテストでも語学力は問題ないと認められての留学でしたが、いざ行ってみる専門用語も多く、落ち込んだこともありましたが、周りに手助けを求めてクリアしていったといいます。
重橋さん「ほかの参加生は英語が母国語で、私の何倍ものスピードで意思疎通が進んでいるのを横目に見ながら、自分ももうちょっとできたらな、と思っていました。英語圏以外からの留学生に聞いても、獣医学科の授業が英語で行われていることも多いそうです。日本の大学ではほとんどないと思うので、そういうところでスタート地点の差は大きいなと思いました。
最初のうちは落ち込んだこともあったのですが、これはもうどうしようもないので。あまりつらい思いにとらわれずに、聞き取れなければ何度も聞き直してもいいし、その場その場で臨機応変に対応していければOKと思うようにしました。自分でも、他の留学生に英語の参考書を借りて猛勉強もしながらついていきました。その場にいる人にも、日本にいる先生方にも助けを借りながら乗り越えていきましたね」
シンポジウムでは初めての研究発表を体験、学生や研究者との交流も大きな収穫に
獣医学奨学プログラムの最終発表の場であるシンポジウム「NVSS: National Veterinary Scholars Symposium」は、2023年8月にプエルトリコで開催されました。3ヶ月の研究成果を他の参加者や関係者に向け発表する場であるシンポジウムで、重橋さんはご自身初めてのポスター発表を行いました。
重橋さん「研究発表という初めての経験は自分にとって大きな糧になりました。またシンポジウムを通じていろいろな世界を知ることができたことは同じくらい大切な体験になりました。すべて英語での発表だったため、100%理解できたかというとそうではなく、おおまかな流れを見ていたという感じではあるのですが、それでも得るものは大きかったですね。
シンポジウムでは研究発表だけでなく、レクチャーなどさまざまなイベントがありましたし、立食形式の食事や様々なネットーワキングの機会がありあちこちでコミュニケーションが生まれるようになっていました。その中で興味深いレクチャーをしてくださった先生方や、似たテーマに取り組んでいた学生同士でSNSなどの連絡先を交換し合ったり、情報交換をしたりと、交流も広がりました。留学を通して知り合った仲間とは、今でも連絡を取り合っています」
海外に出たからこそ気づいた、日本の良さ、自分のいる環境の魅力
初めての海外で3か月間研究をするという体験を得た重橋さん。帰ってきてからの心境の変化について訊いてみると、大きな発見は意外なことに「日本の獣医学の環境を見直すことができた」ことだそうです。
重橋さん「私はずっと海外での獣医療に憧れをもっていました。海外のほうが最先端の研究がされている、もっとやりたいことがあるのに日本ではできないな、なんて思っていたんです。でも、獣医学奨学プログラムで研究をし、海外の学生と交流をしている中、『日本ではこういう研究が進んでいてこの先生の論文を読んだよ』という声も聞きましたし、自分が通っている宮崎大の強みが改めてわかるようになりました。
海外で学んで、行った先の良さも身をもって体験し、帰ってきたら自分のいるところの良さに改めて気づく、知らなかった良さを知る。こんなふうに違う見方ができるようになったのは、日本で学んでいるだけではできなかったのではないかと思います。
留学前には正直『宮崎大でできることには限界があるかも……』と悶々としていた卒業論文のテーマに対しても、『ここではこういうことができる!すごい!もっとやりたい!』といいモチベーションが生まれました。獣医学奨学プログラムを通じて、広い世界を見て交流が広がったこと、そして今、自分がここでできることに自信がもてるようになったことが、私にとっては大きいことですね。これから獣医学生としてさらに学び、5-6年生になって研究室に配属された後は自分のテーマを選定して研究を深めていきたいと思います」
2024年度からは、いよいよ日本からも正式に複数名の獣医学生が留学へと旅立ちます。日本の獣医学生が獣医学サイエンスへの関心を深め、将来の可能性や選択肢を広げてもらう機会をより幅広く提供していきます。
宮崎大学 先生方からのコメント
関口敏先生(宮崎大学 産業動物防疫リサーチセンター 教授)
重橋さんには1年次から担任として接してきて、海外で学ぶために大学を休学したいという相談を受けていました。海外の獣医療を体験して見識を広げたいという強い意思をもっている重橋さんにこそ獣医学奨学プログラムに参加してもらいたいと推薦をしましたが、期待以上に多くのものを得て帰ってきたようです。今後の彼女の活躍も楽しみです。
大澤健司先生(宮崎大学 農学部 獣医学科 産業動物臨床繁殖学研究室 教授)
重橋さんから、留学先では日本にいない野生動物の研究をしたいという希望を出したらバイソンを勧められた、ということで相談を受け、渡航前から留学中にかけてアドバイスをしてきました。研究経験も留学経験もなかった重橋さんが初めての海外の地でわからないことも多い中、根気強く研究を続けて最後の発表までやり遂げたのは貴重な体験になったと思います。